60周年になって


私が3歳の時、ブリキのオモチャで先端から紐の付いたコルクが

ポンと出る拳銃のオモチャがあり、それで遊んでほしくて作業中の

職人さん達を随分困らせていたそうです。

その翌年の1959年5月1日に父は現在の前身である

安藤機械製作所を設立しました。

それから60年 私はブリキのピストルでハシャイでいた頃から

60年が過ぎました。創業者の父が亡くなって20年になります。

生前はあまりにも近くにいて見えなかった事、気付かなかった事などが、

今になってとても、とても悔やまれます。

父の背中を追って 追いつき 追い越すなどと言われますが私にとっては、

追いつくどころか 父の背中を見失わない様に必至で父の教えを何度も、

何度も、復唱し反復して修練を重ねております。

父が残してくれた教えの一つに 現在のNo.250があります。

No.250
は 前と後ろの前後二枚のパーツで出来上がるブーツで

見た目はとても単純に見えます。しかし、私が最初に履いた時は

足首の適度なホールド感と安定感を この前後二枚のパーツで

得られる事が大変驚きだった事を今でも覚えています。

父は「単純な物ほど造るのは難しい」それは全ての事に言える

かもしれません。父の教えを守り、一足でも多くの人に履いて頂き、

重くて堅い靴だけど長く歩いても疲れづらく安定感があり、そして

なにより履いて頂いたお客様に「この靴で良かった」と言って頂ける

様にこれからも鋭意努力し靴造りに励みたいと思っております。

二代で60年靴を造って参りました。これもひとえに皆様のご支持の

賜と心より感謝申し上げます。

どうか皆様今後とも末長くお付き合い頂きます様、

何卒宜しくお願い申し上げます。


追記、文中では「父」と書いておりますが、生前は職人からも知人からも

 そして私共家族からも敬意を表して「オヤジ」と呼んでおりました。